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BRM507千葉200km(鹿野山南面)完走した

BRM507千葉200km(鹿野山南面)に参加し完走できた。なかなかマニアックなコースで面白かった。
コースはこんな感じ。

気温はやや低めで走りやすかったが、風が強く、前半は南西の向かい風に悩まされた。
市原市の道の駅「あずの里」からスタートし、光風台の住宅地を避けるようにして養老川沿いの古い昔ながらの道を通る。ここがなかなかよい。養老川の河岸段丘の崖の様子がよくわかるのである。
大福山までは林道を幾つかつないでいく。ここは何度も通っているので知っているが、山の中、木の林の中を走るのはとても気持ちがよい。とはいえ、アップダウンがあるのでそれなりにキツイけど。
大福山を登っていたら、Project-Kの店長と富士ヒルクラ女王様に抜かれていった。少しだけ、食いついたつもりだったが、、、だめだった。ついていけない。
ちなみにこの二人が今回のブルベのゴール一番と二番だったそうだ。
改めて今日は下りが遅いことが思い知らされた。登りでは頑張れるが、下りではいつも一緒に走っていた人に離されてしまう。それを登りで取り戻すのだが、なんか効率悪い気がする。
一度大福山からの下りコーナーで曲がりきれずスリップ落車した時からどうもダメなのである。技術的には最初からダメだったが、気持ちもダメ。
まあ、安全に下るのが一番なのであるが。

PC1は小湊。ここまではほぼ林道を走ってきた。林道はもういいよって思った。林道は後半最後にちょっとだけあった。
林道はなくても相変わらずキツイ登り区間はいろいろある。

PC2の久留里のセブンイレブンで、CCAの方たちと話をしてお知り合いになれた。とても気さくで良い方たちだった。
この方たちは今までなんどもブルベで見かけたことはあったのだが、話す機会がないままだったので、今回話ができてよかったと思った。

この辺りからだいたい同じメンツで走ることになる。女性で千葉ジャージの方がとても速かった。ちょうど私と同じ速度域だったので、何度も追い抜いたり抜かれたりした。

鹿野山は南側から初めて登った。最初はきつい斜度だが途中トラバースしたり、下ったりと比較的楽に登れるコースだと思った。途中少しだけ景色の良いところがあった。
ここで幕張から来た方(幕張さんとここでは呼ぶ)と少し話をした。山道の登りだとゆっくりなので話がしやすい。後ろスプロケが32とのこと。でっかい。
32なら何があっても登れそうか気がする。
この後幕張さんとは前後して走った。

PC3富津に来たらものすごい風だったが、追い風基調なのでこの後は楽に走れた。後半は平坦が多くて助かった。
とはいえ最後また林道コース、河岸段丘崖コースで楽しむことができたので、これは大変良い面白いコースだと思った。
疲れたけど。

ゴール後にいつも通り暖かい食事をいただく。その席で、前後して走った同じシマノのリュックを背負った若い方と話をした。今度は6月の600キロに出る予定とのことだった。
私も出走する予定なので再会を約束して別れた。

あともう一人の方とどこかで話をしたが、疲れて忘れてしまった。

ということで、面白いコースでいろいろな人と話ができたブルべであった。

追伸:前回のフルべで新しいフォームに開眼したので、少しセッティングを変えた。そしたら腰が痛くなった。
何かを戻そう。一遍にいろいろ買えるものではないな、何が原因かわからなくなる。

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